「……今夜もすんの?」

「ええ。約束でしょう。俺に要求されたら断らない、と」

 

コンラッドは毎夜のように、その行為をおれに要求する。

おれはその行為が好きではない。だけどどうしても嫌だというわけでもないことを、コンラッドも知っているのだと思う。

結局おれは今日も、渋々ながら頷いた。

 

「分かったよ。……じゃあ、あんたの部屋、行こ」

 

こんな関係がヴォルフやギュンターにバレたら大騒ぎになるだろうから、コンラッドの私室か魔王専用浴場でするのが常だ。ヴォルフが不在の時は、おれの私室ですることもある。

ただやっぱり、おれの私室や専用浴場じゃいつ誰が駆け込んでくるか分かったもんじゃないから、コンラッドの部屋でする方が気が楽だ。

 

 

 

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きっかけを作ったのはおれだった。

 

「……何か、おれがあんたにしてあげられる事ってないの?」

 

コンラッドはおれの護衛だ。けれど護衛として以上におれに尽くしてくれる。

朝おれを起こし、おれの個人的なロードワークに付き合い、それから一日中ずっとおれの傍にいる。常にさりげなくおれを気遣い、おなかが空いたと思う頃に軽食を差し入れてくれたり、寒い時にはおれが頼まずとも上着を羽織らせてくれたりする。おれの体調が優れない時なんか、おれより早くそれに気付くほどだ。

一日中、それほどに神経を研ぎ澄ましておれの護衛をしてくれた上で、おれの就寝後は剣の鍛錬もしているのだろう。

 

睡眠時間足りてんの? いやそれ以前に、コンラッドのプライベートな時間は?

 

あまりにも尽くされすぎている現実にふと気付いたその日。

最初に思い付いたのは、コンラッドに休暇を取らせることだった。たまにはゆっくり体を休めてほしい。

けれど、本当にそれだけで良いのか? コンラッドに休暇を取らせれば、当然、他の誰かがおれの護衛に付くわけで…コンラッドを休ませる代わりに他のひとを働かせる、それがおれの誠意だなんて言えるのか?

コンラッドがおれに尽くしてくれるように、おれもコンラッドに何かをしたい。

だけど何をすればコンラッドが喜んでくれるのだか、情けないことだがおれには想像も付かなかった。

だから質問したのだ。

 

「コンラッド、おれにしてほしい事って何かない?」

 

急なおれの言葉に、コンラッドは少し驚いたのか数度瞳を瞬かせてから、いつもの優しい笑顔になった。

 

「あなたが元気で俺の傍にいてくださることが、何よりの喜びですよ」

「そういうのじゃなくて! 何かおれが…コンラッドのために出来ることは」

「どうしたんですか、突然」

 

おれは説明した。いつも尽くしてくれるコンラッドに、おれもまた何かをしたいと。

 

「……何か、おれがあんたにしてあげられる事ってないの?」

 

コンラッドは困ったように微笑した。

 

「さっき言ったことも本当なんですよ、ユーリ。あなたが元気でいてくれるだけでいい」

「それは疑ってないよ。そりゃ名付け子が元気だったら嬉しいだろうし。でも他にもあるだろ」

「俺は現状に満足しています」

「本当に?」

 

納得できずに見上げるおれの眼と、優しく見下ろすコンラッドの眼が、互いを映し合う。

そんな沈黙が数秒続いた後、先に眼を逸らしたのは茶色の瞳だった。

 

「そうですね……一つだけ、あります。あなたにしてほしい事…いえ、俺があなたにしたいこと、かな」

「えっ何? 何っ!?」

 

ぱっと目を輝かせるおれを前に、だけどコンラッドは言い淀む。

 

「あなたにとって、楽しいことではないと思います」

「んなの分かってるよ。大丈夫だよ、頑張るから」

「……浅ましくてくだらない欲望ですよ?」

「そんなの……。気にすんなよ、秘密は守るし。教えてよ」

 

「では…。俺はね、ユーリ」

 

そっと耳元で囁かれたコンラッドの欲望は、とても高校生男子に要求するような内容ではなかった。

迷わなかったと言えば嘘になる。

けれど、それがコンラッドの秘めた願いだというのなら……叶えてやろうじゃん。そう思ったのだ。

コンラッドがおれに尽くしてくれることへのお返しとしても、それとは無関係なおれ自身の感情としても。

 

初めてのその夜の後、コンラッドのベッドに並んで眠りながらおれは思った。

コンラッドのこんなに嬉しそうな顔が見られるのなら、こんな関係も悪くない、と。

だから翌朝「これからも、させてくれますか」とのコンラッドの問いに、おれは頷いたのだった。

 

 

 

 

 

それから毎夜のように行為を重ねている。

その感覚に慣れることは出来ないけれど、もう受け入れ始めている自分がいる。

初めての時は恥ずかしいばかりだったけれど、今は……正直、気持ちいいなんて感じてしまうのを否定できない(さすがは夜の帝王の手技だ)。

 

何が楽しいのだろう、とは思う。

可愛い女の子や綺麗なお姉さん相手ならともかく、おれみたいな野球小僧が相手じゃ楽しいはずがない。

ただ一つだけ思い当たるのは、『双黒』だ。

“世にも稀で高貴な”黒を手のひらで好きに弄ぶことが、楽しいのかもしれない。

それは少し悲しいことだと思う。

けれど同時に、それでも構わないとも思う。少なくとも、コンラッドが普段おれに尽くしてくれるのは、決して『双黒』が理由ではないのだから。

 

 

 

ただ、そうして何もかもを受け入れたつもりでいても、コンラッドの部屋に踏み入るその瞬間、つい足が竦んでしまう。

 

「どうしました? ユーリ」

 

隣でコンラッドが不審げにおれを見下ろす。

……だって仕方がない。あんなこと、十六歳の高校生男子がされる行為じゃない。

 

「……なんでもない、大丈夫っ!」

 

おれはさっさと部屋に入り、服のボタンに手をかけた。もたもたしていると、コンラッドの手で脱がされてしまうからだ。

さすがに脱ぐことぐらいは、自分でしたい。男なんだから。

 

 

 

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ジェル状のそれを、コンラッドが手のひらに取って温める。

相変わらず大きな手だな、と思う。

 

「ユーリ。眼を閉じていてください」

「……分かってるよ」

「ああほら、口も閉じてください。お湯が入りますから」

 

ざば、とコンラッドが桶の湯をおれの頭からかけた。

それから、手で温まった液をおれの髪に付け、両手で優しく泡立て始める。

コンラッドの表情は、見なくても分かる。今日もまた、とてもとても楽しそうな顔だ。

 

「……なぁ」

「なんです?」

「本当にそんな、毎晩毎晩するほど楽しいの? おれのシャンプー」

 

いくら珍しい黒に触り放題っつっても、さすがに飽きる頃じゃないの?

訝しむおれに、だけどコンラッドは上機嫌で答える。

 

「ええ。とても楽しいですよ」

 

シャンプーを終えて、体を洗い、二人で湯にゆっくりと浸かった後は、脱衣所で丁寧に髪を拭かれてしまう。

恥ずかしいけれど、「家に帰るまでが遠足、髪を拭くまでがシャンプーです」なんて言われちゃ大人しくするしかない。

でも、ついでに体まで拭くのはやめてほしいんだけど。注意しても次の日には忘れるのかどうせまた拭かれてしまうから、最近は面倒でされるがままだ。

 

おれにとって、この行為は楽しくはない。

ただでさえこの世界じゃ小さいとか可愛いとか言われちゃうのに、その上こんな事までされちゃ、まるっきり子供みたいじゃん。 そもそもおれにとっては、脱衣所や風呂にまでコンラッドが入って来ること自体、落ち着かないのだ。いくら男同士とはいえ、服を脱いだり着たりする所を見られて、裸も見られるわけだからさ。(ちなみに以前は、風呂に入る時はコンラッドには外で待機してもらっていた。)

まぁ、コンラッドが楽しいなら、別にいいんだけど。

 

「はい、完了。着衣をどうぞ」

「どーも」

 

いつもの黒の紐パンを身に付けている最中、ふとコンラッドの視線が、おれの脚の付け根あたりに注がれていることに気が付いた。

 

「コンラッド? どこ見てんだよ」

「いえ……今度、そちらもシャンプーしたいなぁと考えてしまって」

 

させてくれませんか? と、笑顔で問われて思う。

やっぱり双黒マニアだ、こいつ。