ユーリの放ったものを最後まで飲み干して、顔を上げた。

彼は荒い息を繰り返しながら、すっかり放心したようにぐったりと目を閉じている。

 

ユーリとの恋人関係を得たのは、つい二ヵ月前のこと。

軽いキスで真っ赤になり、そしてはにかみながらも幸せそうに笑う彼はとても初々しくて、この関係は焦らずゆっくり育むべきだと、恋人としての日々を穏やかに堪能していた。

けれど次第に、ゆっくり育むどころではないと気付き始めた。抱き合って軽いキスを交わすだけで、それはそれは幸せそうに笑う彼は、どうやら本当にそれだけで100%満足してしまうらしいのだ。キスシーンがハッピーエンドの少女漫画のような純愛、プラトニック。それとなく誘ってみても、意味が分からないらしく見事に無反応。キス以上の欲望はまるでなし。

幼いせいか、それとも男同士という点で感覚が鈍っているせいかは分からないが、とにかくこのままではゆっくりどころか何も発展がない。

とはいえ、数年待つことでユーリが自然と花開くというならば、焦らずその時を待つことは俺にとって苦ではない。

ただ、数年で済むとは限らないのが厄介だ。ユーリの成長リズムは不確定で、この先俺のように突然成長が緩やかになる可能性も高い。その場合、彼の成熟には何十年とかかるだろう。さすがにそれほどの間をキスだけで過ごすというのは…もったいない。

 

だからといって快楽で流して落としてしまうのは、いささか卑怯な手段だったと自覚はある。未成熟な体を夢中にさせることは、あまりにも簡単だった。

キスと愛撫を続けるだけで、彼はすっかり従順になり、行為への嫌悪感や恐怖を感じる余裕もなくなっていた。幼さの残る表情で快楽に喘ぐさまは酷く罪悪感を煽ったけれど、恋人という免罪符で妥協した。

とにかく、この優しい悦楽ばかり与える行為を何度か続けていれば、数ヵ月後にはユーリも色付き始め、強引に押し倒す必要もなくなるだろう。そのためにも今は、嫌がったり苦しがったりする可能性のある続きはお預けにしておくつもりだった。数年だって余裕で待てると思っていたほどだ、数ヵ月程度なんの苦もない。

 

(そう、思っていたのに)

 

実際にユーリの肢体を前にして、気持ちの揺らぎを自覚する。無防備に投げ出された四肢。汗ばんだ胸や腹。色っぽく湿った、なやましげな部位。薄く染まった頬と、誘うように薄く開いた唇。それらが目の前に、しかも俺の寝台に曝されているのだ。

……抱きたい。

ユーリは本当にわけが分からないまま流されてしまっただけで、この行為を受け入れるどころかSexと認識してすらいない。そんな相手を抱こうだなんて、俺も大概酷い男だ。

もう免罪符に頼ろうとは思わない、ただの狡い大人でいい。

一呼吸置き、この衝動はもう抑えきれないと確信してから、未だ絶頂の余韻から覚めず力の抜けたままでいるユーリの足を大きめに拡げ、膝を持ち上げて腰を軽く浮かせる。そうして、無抵抗な窄まりへと左手の指を含ませた。

 

「ッ!? な、なんだよコレっ、あ……ッん、ん―――― ……ッ」

 

嫌がって暴れる前に、キスで宥めてしまう。

舌を入れるキスをずっと教えずに取っておいたのは正解だった。知ったばかりの快楽には抗えず、ユーリは簡単に大人しくなる。

たったキス一つで、本当に可愛いものだと思う。

 

「舌を、出してみて。気持ち良くしますから」

 

不安そうにしながらも、おずおずと差し出されてきた舌を、吸い上げ、軽く歯を立てながら丁寧に刺激してやる。そうして気を逸らしてやりながら、寝台の脇に隠していた潤滑油をユーリの入り口から奥へたっぷりと塗り込めた。軽い媚薬入りだ。もっとも、悦楽に狂わせるというよりは、苦痛や恐怖を和らげるのが目的だが。

 

「コンラッ…、何、してんの? …なんか……ぬるぬるして…」

「うん? 少し、ね」

 

ごまかしながら、首周辺へとキスを散らす。

不安げに何度か瞬きしつつも俺に身を委ねてくれたままでいるあたり、それほど辛くはなさそうだ。既に二本になっていた指を、三本に増やす。

 

「あっ…、い、痛……ぅんッ、何して、……あっ、んああぁッ!」

 

ユーリがまた不安を口にする前に、今まで故意に避けていた中の悦い場所を指で責め立てる。大きく体をしならせて、ユーリは切なげに悲鳴を上げた。

 

「いぁッ、ひ……やぁっ、お……れ、変だよ、あっ、こんな…ぁッ」

「…大丈夫、気持ち良いことの続きですから。俺に任せてください」

 

媚薬との相性が良かったのか、それともユーリの感度が元から高かったのか、その体は俺の指示通りに喘ぐ。あまりに淫らなその媚態に、罪悪感を引き摺っていた僅かな理性も掻き消えた。

内部のそこに性感帯があることを、指なんかではなく、俺のもので教えたい。

己の我慢のなさを自嘲しながら、まだ少しだけキツい三本をゆっくりと引き抜いた。

ようやく強制的な快楽の支配から許されて、ユーリは大きく息を吐き、全身をぐったりとシーツに預けた。薄っすらと涙が目じりに溜まっている。

両足を持ち上げて肩にかけ、それから抵抗に備えて念のため、ユーリの両手首をまとめて片手で抑えておく。そんな不自然な体勢にされても、ユーリは俺に身を預けてぐったりとしたままだ。

潤滑油で解れたそこへ俺の昂ぶりを宛がい、それでもユーリが暴れないのを確認してから、……一気に腰を推し進めた。

 

「ひッ!? んぁっア、う…あ、あぁッ!?」

 

どうにか半分ほどを捻じ込む。

突然に襲った快楽とはほど遠い衝撃に、ユーリはパニックに陥っていた。ろくに状況を把握できていないらしく、抵抗はないに等しい。ただ苦痛から逃れたがるように、僅かに身を捩る程度だ。

これなら、やりやすい。反動をつけて、俺は一思いに最後まで貫いた。

 

「あ、あぅッ…ん……っぁ、痛ぁ、あ――― …うぅ…ッ」

 

ユーリの温かな粘膜に、ようやく全てを包まれる。

彼の体内の一部をこの身で侵食している、それは甘美な感覚だった。

もっとも侵されている側にとっては甘美など欠片もないらしく、可哀想なほど歯を喰いしばり、震えては身を捩って逃げ場を探している。未だ涙を溢れさせず留めていられるのが不思議なほど、悲痛に歪む顔。

少しでも慰めたくて唇を合わせようとしたものの、さすがにこの苦痛はキスではごまかしきれないらしく、ユーリはいやいやをするように首を振った。

強引にして恐怖を煽っては逆効果だ。俺は彼の唇を追うのをやめ、静かにその体を抱き締めた。首筋に顔を埋めるように深く抱き込み、時折そっと背を撫でて。そうしてしばらく待っていると、ユーリの呼吸もなんとか落ち着いてくる。

 

「なぁ…、っこれ、何? おれ、苦し……よ」

 

無意識にか俺の肩を押し返しながら、ようやく言葉を取り戻したユーリは途切れ途切れに訴える。

 

「抜い…てよ、なんなんだよ、これ…」

「…確かめてみますか? これが、何か」

 

ユーリの右手を取り、彼との結合部へと導く。彼を犯すそれに指先が触れた瞬間、ユーリは慌てて手を引っ込めてしまった。

 

「まさか、あ、あんた……っ、……なんで、こんな…!」

 

怯えたように問う彼の耳へと、この行為の名をアルファベット三文字で囁く。

驚きに見開かれた瞳から、とうとう一筋の涙が頬を伝って流れた。

 

「…そんな……ッ、お、おれ……」

 

小さな体が、カタカタと小刻みに震えている。無理もない、騙して奪ったも同然なのだから。彼にしてみれば俺と繋がるつもりなどなく、行為の意味もよく分からずに俺に流されていただけなのだ。

 

「ユーリは、嫌かもしれませんけれど」

「……ッ」

「俺は他の誰でもないあなたと、こうしたかった。それだけは、どうか分かっていてください」

 

言葉に反応するかのように、黒い瞳が揺れた。それは様々な感情を複合していて(――― 例えば確かなのは、不安、狼狽、驚愕)俺にはその全てを読み取ることは出来なかった。ただ、この行為が彼に受け入れられたわけではないことは確かだ。

 

「…動かしますね。暴れないでいてください」

「あ……ぁっ、待……ッ」

「怯えないで。気持ち良いことの、続きですから」

「やっ……あ、ふあぁッ、あ―――― …ッ!!」

 

乱暴になりすぎないよう気を遣いながら、衝動のままに突き上げる。

媚薬の助けも借りて、ユーリを襲う感覚は苦痛から快楽へと掏り替わっていったようで、次第に彼は行為の意味など忘れたように溺れていった。

我ながら狡い大人だと自覚しながら、俺はその甘い体を貪り、数え切れないほどのキスを贈った。

 

 

 

 

熱が引けば、夢も冷める。

少しでも長く閉じ込めておきたくて緩く彼を抱き締め続けたけれど、それでも温度は少しずつ空気に奪われていった。

 

「コンラッド、おれたち…、…しちゃったわけ……?」

 

こんなことで彼との絆が崩れるとは思わないし、言葉でうまく丸め込む自信もある。だけど少し、本当に少しだけ、我慢できずに抱いてしまったことを悔やんだ。初めての行為の後は、もう少し幸せそうな顔をさせたかった。

と言っても、向かい合わせに寝転んで抱き締めている状態の今、彼の表情は見えない。胸の辺りに響く声から、悲しげな瞳を想像するのみだ。

 

「嫌だった? 俺と、するのは」

「嫌、とか…考える余裕、なかったよ」

 

背を撫でてみると、素直に体を預けてくれる。俺への嫌悪感は、とりあえずなさそうだ。

 

「嫌とかそんなの、よく分かんなくて…よく分かんないうちに、おれ、なんか……っ」

 

気持ちよくなってきて、と消え入りそうな声で言われる。

そうなるように仕向けたのは俺なのに、ユーリはそれを自分の過失だとでも思っているらしい。全ては、流された淫らな自分に責任があるのだと。

それを訂正しない俺の狡さに、ユーリはいつか気付いてしまうだろうか。

 

「…嫌ではなかったんでしょう」

「だから、嫌とか考える余裕なくて…気持ち、良かったから……分かんなかったって」

「でも例えば、俺以外の誰かにあんな触れられ方をされたらどうですか」

 

その質問にユーリは眉を顰め、強く首を振った。

 

「嫌だそんな、絶対気持ち悪い」

「なのに、俺にされたのは心地良かったんでしょう」

 

実際に、この行為の前に彼に同じ質問をしていたら、俺相手でも「気持ち悪い」と答えたのだろうと思う。

けれど、赤くなって俯いてくれたこの方を相手にそんな無粋を告げる男がいるだろうか。

 

ああ、罪悪感すらも愛おしい。