風呂から部屋までの短い距離でさえ、コンラッドはおれを護衛したがる。

これぐらい一人でも平気だよとか、もっと自分の時間を大切にしろよとか、以前はいろいろ言ったものだけど、彼の恋人となった今はこんな些細な時間が嬉しい。護衛という名目自体はやっぱり過保護だと思うけど、一緒にいられる時間は少しでも多い方がいい。もうおれの部屋に着いてしまったのが惜しいぐらいだ。

 

「ユーリ」

「ん? ……あ、」

 

風呂上がりで火照ったおれの頬を、コンラッドの両手が包んだ。優しい表情が下りてきて、おれは慌てて目を閉じる。

 

「ん……っ」

 

数秒押し当てられた唇の離れる間際に上唇を舐められるのが、少しくすぐったかった。

初めてキスを教えられた時は体中がガチガチに緊張していたけれど、今はかなり慣れたものだと思う。

 

「こんな…廊下ですんなよっ、誰かに見られたらどうすんの」

 

ほら、こんな文句を口にする余裕もある。

だけど多分、おれの訴えを笑顔一つで流してしまう彼の方が、ずっと余裕なのだろう。

 

「ユーリ…部屋へ送っておきながら、こんなことを言うのもなんですが」

「うん?」

「今夜は、俺の部屋へ来ませんか」

 

唐突な提案に「なんで?」と聞き返す。

彼の部屋へ行ったことは何度かあるけれど、大抵は暇をしているおれが押しかけるのであって、彼から誘われることは珍しい。誘われる時はいつも理由があって、例えば異国の菓子が手に入ったとか、美味しい酒を開けるだとか(これは断固拒否したけどね)……今夜はどんな理由だろう。

コンラッドはおれの顎に手をかけ、そっと上を向かせて言った。

 

「二人で過ごしたいだけなんですが。駄目ですか」

 

おれ並みに単純な理由だ。

どういう心境の変化なのかは分からないが、一緒に過ごしたいのはおれも同じ。

 

「駄目なわけないよ、今日はヴォルフも留守だから遅くまでいられるし……ってうわっ、廊下で頬にキスするの禁止ッ」

 

 

かくしておれは、コンラッドの部屋へ招かれた。

相変わらず質素に整えられた、綺麗な部屋。この清潔感は、侍女のまめな掃除のみから生み出されたものではないだろう。

いつも棚に置かれていた黄色のあひるが、今日はベッドの枕元に置かれていた。

 

「何か飲まれますか? ミルクとかお茶とか、酒もありますが」

「禁酒禁煙だから、酒はダメー。お茶でもいいけど、せっかくだからカルシウムもらおうかな」

 

上品なグラスに注がれた牛乳を、上品さの欠片もない作法で勢い良く飲むのはいつものこと。さすがに、腰に手を当てたりはしないけど。ゴクゴクと喉が鳴るのは、風呂に入ったせいで水分不足だったせいかな。とにかくも潤ったところで、さあ何を話そうかと考える。

大量のギュン汁をかけられて大変だった話、国の内情の納得できない話、草野球チームの野望の話…、ああ、レッドソックスの今期の活躍の話もまだだ。

 

「あー、話したいことが溜まってるかも…二人で話す時間って最近あんまりなかったんだなーおれたち」

「ゆっくり話してください。夜は長いんですから」

「いっそ、このままここに泊まっちゃいたいぐらいだよ。コンラッドのベッドも充分大きいから、男二人でも余裕で寝られそう」

 

飲み干したグラスを机の上に置いた。

コンラッドは上着を脱ぎ、ハンガーへかけている。そういえば、今夜は少し気温が高い。

 

「……構いませんよ。今夜、泊まっていっても」

「えっ本当!? コンラッドの部屋で寝んの初体験!」

 

なんかお泊まり会みたいだな。地球のお泊まり会では布団をいくつも用意するもんだけど、この城の貴族のベッドはとにかく大きいから同じ布団で寝ちゃうのが基本だろう。ヴォルフだって堂々とおれの布団に入ってきてるしね。

となると、コンラッドの布団におれの匂いが移っちゃうよな、大丈夫かな、と自分の腕の匂いを確認している時だった。

突然、背後から抱き竦められたのは。

 

「え……コンラッド?」

「下心には、全く気付いてくださらないんですね。良いのか悪いのか」

「シタゴコロ…? ええと、とりあえずおれ風呂出たばっかだから、密着しちゃうと暑くなるよ。せっかく上着脱いだのに」

 

忠告してもコンラッドにおれを離す気配はなく、抱き締めた両手はおれの腹から胸あたりを円を描くように撫でている。

訝りながらも、特に抵抗する理由もなくて、おれはされるがままになる。

 

「ひゃっ!? ちょ、ヤメロってッ」

 

耳に、軽く息を吹きかけられた。耳は弱いって知ってるくせに、意地悪だ。

おれが上げた抗議の声を無視して、唇は再度おれの耳元へ下り、そして低く囁いた。

 

「恋人の部屋に、泊まるんですよ? ご覚悟はおありなんですか」

 

よく分からないまま、まずはくすぐったさに身を捩る。

それから『恋人』という言葉に男女を想定して、急速に意味を理解した。例えば女性が、恋人の男の部屋に泊まるとすれば、それはそうなるに決まっている。

男同士でも、そういうもの? 意識して初めて、おれの体を撫で続ける彼の手の動きが妙に生々しく感じられた。体の形を確かめるようないやらしい動きは、俗に言う愛撫というものだろうか。女性ならば、そのあたりに胸の膨らみがあるはずで。

想像すると何か恐怖に似たものを感じ、ゾッとした。

 

「…ご……めん、おれ、やっぱり今日は泊まるのやめと……ん、んッ」

 

顎を掴まれ、後ろから唇を塞がれた。不自然な体勢が苦しくてもがくと、一度解放され体を回されて、すぐさま彼と向き合う形で唇を要求された。

 

「んぁ……ッん、ん!?」

 

指でこじ開けられた口へ、彼の舌が入り込んでくる。

何、なんで舌が!? 混乱するおれをよそに、コンラッドのそれはおれの口内を好き勝手に動きまくっている。惑うばかりの舌を吸われて、背筋がビリビリと痺れる。

逃げなくちゃ。こんなの、ヤバい。脱出しようと震える足を動かしても、もつれてしまい自分の意図とは違う方向へ体が動く。

 

「ん……っ…、や、だッ!」

 

思いきりコンラッドを押し返したら意外にもすんなり解放されてしまい、勢い余っておれは後ろへとバランスを崩した。もちろん、倒れる前にコンラッドの腕が素早くささえてくれる。が、腕はおれを抱き起こすのではなく、そのままおれをゆっくり後ろのベッドへと倒していって……って待て待て、なんで都合良く後ろにベッド!?そういえばさっき妙に足がもつれたけど、あれは震えてしまったせいではなく、コンラッドが意図的にこちらへ誘導していた?

彼の香りが微かに残るベッドに寝かされて、ますます危機感が募る。

 

「嫌だっ…おれ戻る、おれの部屋に帰るっ」

「嫌? 何故です。俺達は恋人なのに」

 

言いながら、コンラッドはおれの肩の横に両手を付き、覆い被さってくる。閉じ込められるような心地がして、おれは自分で自分を抱き締めるように身を縮こまらせた。

恋人? 確かにそうだよ、キスは好きだし。でもおれたちは男同士だから、それ以上に進みたいなんて欲望を感じたことはない。ていうか進むってどうやんの?

分からない、でもとにかく逃げなくちゃと、おれは必死で言い訳を考える。

 

「その…心の準備が、まだ……」

「逃げるための言い訳ですか」

 

うう、すっかり見抜かれている。

 

「今逃がしたら、心の準備どころか、あなたは二度と俺の部屋には寄り付かないでしょうね。…ああ、そんなに怯えた顔をしないで。レイプはしませんから」

 

具体的に何をされるのかも分からないまま、レイプという言葉の響きにゾッとした。悔しいことに、彼にはそれを実効するだけの筋肉があるのだ。

 

「おれたち、男同士じゃん? したいとか思わねーよ、普通っ」

「男同士ですが、恋人同士でしょう。したいと思うのが普通じゃないですか」

「でも、……だ、だって……ッ」

 

本当に困る。

だって、今の今まで、彼との肉体関係なんて考えたこともなかったのだ。いきなりじゃ混乱するしかない。

 

「待って…、待ってよ……っ」

 

追い詰められ、すっかり泣きそうになってしまったおれを見て、コンラッドはふと表情を緩めた。

 

「キスは、お好きなんですよね?」

 

左手で顎を捉えられ、彼の顔がゆっくりと近付く。おれは素直に目と口を閉じて、それを受け入れた。

いつも通り丁寧に唇を合わせられる。うん、キスは好きだ。恋人っていえばキスのイメージだし。

 

「口、開けてみて」

 

一度離れた唇が囁く。

なんで、と聞こうと動かした唇を、またすぐに塞がれた。

 

「…っん!? ぅん、〜……ッ!!」

 

舌が入り込んできた。また、さっきみたいにヤバいことをされる!?

今度こそ慌てて逃げた舌は、だけど追われ、結局絡められ捕らえられてしまった。また隙を見て逃げれば、また捕まって。何度も繰り返し吸われて刺激されるうちに、息は上がり、彼を押し返そうとしていた両手の力も抜けてくる。

彼は、抵抗の弱ったおれの舌を責めるのはやめ、ゆっくりと口内を調べ始めた。唇の裏側を舐められ、歯列をなぞられ、喉を掠めそうなほど奥まで舌を伸ばされる。彼の都合の良いようにと、おれの顎を掴む手が好き勝手に角度を調整している。

 

「ん…っふ、……ん、んぅッ」

 

胸の辺りから、突然、刺激が伝わってきた。彼の指が、胸の部位を見つけたらしい。

夜着の上からそこを優しく捏ねられ、時折カリカリと引っかかれて、くすぐったいようなむず痒さに身を捩った。

その間も、口腔はめちゃくちゃに蹂躙されていて、もう何がなんだか分からない。頭がぼうっとして。

 

「ユーリ、…気持ちいい?」

 

囁かれて考える。……きもち、いい?

言われてみれば、確かにおれ、気持ちいいのかもしれない。体がふわふわと熱に浮かされている。

 

「あっ……っ、う……ん」

 

口付けを解かれ、上半身のボタンを全て外されて、指の感触が素肌の胸先に当たった。それは中心の赤みに触れるか触れないかのギリギリのラインで何度も円を描く。中途半端な感触がもどかしくて、ゾクゾクする。

 

「んあぁ……ッあ!」

 

散々焦らされたそこを指でキュッと摘まれて、体がビクンと跳ねた。

まるで体がこの刺激を待ち望んでいたかのようだった。

 

「気持ち良いでしょう。もっと気持ち良くなってもいいんですよ」

 

耳元から、甘い囁き。

彼が許してくれるならそれでも良いのかもしれない、なんて思わされてしまう。

だってこんなにも気持ちいい。一方では胸先を弄って刺激して、一方では首筋や腹を撫でて安心させてくれる、彼の両手。身を委ねきってしまえば、このまましばらく浸っていたいほどの夢見心地。

 

「……やっ、あ」

 

けれどズボン越しにそこを擦られて、現実に引き戻される。

何する気だよ、そんな恥ずかしいところ! 慌ててもがくおれに構わず、コンラッドはおれのズボンを脱がせ始めた。

 

「待っ、コンラッ……ん、ん…ぅ」

 

唇を塞がれて、また舌を絡め取られ、痺れるまで追い続けられる。これをされると頭がぼんやりして、ろくに抵抗できなくなってしまう。

すんなりとズボンを脱がされてから、おれは彼の舌から解放された。

銀色の糸がおれと彼の唇に渡っているのを見て、どこかで見た漫画の1コマを思い出す。キスの後でどうして糸が引くのか不思議だったけど、あれって、こうやって舌まで使ってたってことなのかな。これも、キスの一種なのかな?

霞み掛かった意識で考え事をしているうちに、下着の紐まで奪われてしまった。

 

「あ……っ、は…あぁッ」

 

直接握られ、ゆっくりと動かされる。

ただそれだけの行為なのに、伝わる刺激は自分でする時よりずっと大きかった。自分の知らないリズムで動かされ、不意に強弱を付けられてしまうと、つい情けない声が上がってしまう。酷く恥ずかしくて、でもなんだかやめてほしくないのは、さっきのキスでまだ頭がぼんやりしているせいだろうか。息が上がって、ますます考える気力が潰えていく。

 

「気持ち良くするだけですからね。リラックスして、じっとして」

「え、……うあ、あッ!?」

 

下方へと移動した彼の唇が、おれの猛ってしまったものを包んだ。

口の中は熱くて柔らかくて、このまま溶けてしまいそうな錯覚さえした。

 

「いっ……ぁ、はぁっ、こん…らぁ……ッ」

 

巧みな舌に敏感な場所を狙われ、濡れた唇全体で扱かれる。強すぎる快感に思わず腰を引こうとしても、彼の腕はおれの両太腿を抱きかかえるように腰を固定していて、逃げられもしない。

昇りつめてしまうのは本当にあっという間で、今にも頂点に届いてしまいそうになる。恥ずかしくて必死に堪えたけれど、促すように先端を強く吸われてしまったら、もう駄目だ。

諦めきれず握りしめたシーツに縋ったけれど、もう後は襲ってくる波に攫われてしまうばかりだった。

 

「だめ…ぇ、あ、はぁッ、ん・あ――――― …ぁ……ッ!!」

 

頭が真っ白になって、果てた。