冷たく硬い地面で眠るのは、特に苦でもない。こちらの世界に呼ばれてからというもの、こんな寝床で過ごす夜は珍しくもなく、すっかり慣れてしまった。

眠れないのは、地面のせいじゃない。この聖砂国に満ちる法の要素のせいでもない。ただ不安なんだ。

明日、おれたちは、フレディとジェイソンを含めた五人を理不尽な処刑から救出しなくちゃいけない。根拠のない自信で「不可能じゃない」なんて言ってしまったけれど、実際にはそれがどんなに難しくて危険なことか分かっている。味方は四人だけ、しかもアチラを除く三人はこの国の王に狙われているのだ。作戦が失敗し、万が一捕まったりすれば、ただでは済まない。

おれが捕らえられてしまうだけなら自業自得だけど、強制参加状態のヨザックが犠牲になったら。それとも、おれの目の前で、またコンラッドが。

 

(…でも、幼い彼女らを見殺しになんて出来るわけがない)

 

悩んだところで行動は決まっているのだから仕方がない。体力を補うためにも、早く眠らなければ。

隣のヨザックは、既に浅い寝息を立てている。過酷な状況を幾度もくぐり抜けてきた軍人である彼は、さすが精神力も鍛えられている。少し離れた場所に横たわるコンラッドも同じく、もう眠っているに違いない。

この場でおれだけが起きているのだと思うと、余計に焦る。とにかく眼を閉じて、じっと意識が落ちるのを待った。

それから数分が経っただろうか。相変わらず寝つけないおれの瞼の外側の、光の量が増したのが分かった。不審に思って目を開けると、コンラッドが起き上がり、松明を手に部屋を出るところだった。

おれも慌てて立ち上がり(もちろんヨザックを起こさないように足音を忍ばせて)、彼の後を追った。

 

 

 

赤い石室を抜け、この穴の出口に近い方へと向かう後姿を呼び止める。

 

―――――― …ッ、」

 

呼び止めようとして、呼ぶ名前がないことに気付いた。コンラッドともウェラー卿とも言えずに、おれは間抜けにパクパクと口を動かす。

でも結局、おれから声をかける必要はなかったようだ。おれとの距離が縮まると、彼はタイミング良くこちらを振り返った。

 

「…陛下」

 

そうして彼は、おれが許した呼称を口にした。

 

「松明も持たずに部屋を出たりして。どうしたんですか」

「あ…その、こんな夜中にどこ行くのかなって」

「俺は、少し風に当たろうと思っただけですよ」

 

彼とおれとの距離は1メートル程度。以前はもっと近い距離で会話をしていた。以前、と言っても、もうずっと昔のような気がするけれど。

 

「陛下は。寝つけないんですか」

「…うん」

「不安で?」

 

ずばり言い当てられて、おれは素直に頷いた。彼に対する警戒はまだ解けないけれど、とりあえず明日に関しては協力関係だ。少なくともそれに関しては、いくらでも弱みを晒してしまって構わないだろう。

 

「考えると心臓がバクバクいっちゃって、ちっとも眠れない。…駄目だよな、こんなじゃ」

「無理のないことです。焦って眠ろうとするほど余計に寝付けなくなる、誰にだってそんな経験はありますから」

 

優しげな台詞。以前なら、こんな夜はおれを抱き締めて不安を解いてくれたのに。今は、手を伸ばしてくれる気配すらない。

だけど追い返されないところを見ると、眠れない間の話し相手にはなってくれるつもりのようだ。彼の横に並んで歩き、おれも穴の外へと向かう。

 

「おれは眠れないから仕方ないとしても…あんたは、寝なくていいの?」

「まあ、それほど眠くもないので」

「でもあんた、ベネラさんたちに遠慮して、食事もほんの少ししか口にしなかっただろ。せめて睡眠ぐらいは充分に取らないとさ」

「確かに。健康のためには眠るべきですね。…ただ少し、ゆっくり考え事をする時間が欲しくて」

「考え事って、明日のこと…?」

「それも含めて、これからのことを」

 

明日の件だけで精一杯のおれとは違い、彼はずっと先のことまで考えているようだ。確かに、心配事は山ほどある。

まずはこの国から脱出する方法、そして小シマロンと聖砂国への対応。加えて、おれはサラに贈られた指輪もどうにかしなきゃいけないし、コンラッドは大シマロンの陛下へ報告すべきことを整理する必要がある。小シマロンと聖砂国の結託を阻止できなかった件では、叱られ覚悟かもしれない。

 

「そういえばさ、明日のことはどう報告するわけ?」

「報告、とは…ベラール陛下に?」

「うん。人手をなんとかするために大シマロンの公費使っちゃうんだから、収支明細は必要だろ。でも、おれたち魔族と協力したなんて言えないだろうし、ヘイゼルさんたちのことも内緒…だよな?」

「もちろんです。命の恩人のことをバラしたりはしません」

「だよな。でもそうなると、大シマロンの陛下になんて説明すりゃいいのかな。あんた一人で、協力してくれる通訳探して金で人手賄って処刑阻止しました!って筋書きは難しいような」

「…俺のことを、心配してくださるんですか」

 

温度をもった声の響きに横を見上げると、ひどく優しげな微笑が目に入った。表面だけの薄い笑みではないそれが、おれに向けられるのはいつ以来だろう。

 

「どっ…どうせあんたのことだから、口八丁でなんとかしちゃうんだろうけどさっ」

 

無性に恥ずかしくなってしまい、照れ隠しに顔を逸らしてしまった。

 

「それが、今回は必要ないんですよ、口八丁。何故ならベラール陛下への報告はしないので」

「…え?」

「明日起こるであろう諸々の出来事に俺が関与したという事実は、ベラール陛下には内密にするつもりなんです」

 

さらりと、さも当然のように彼は言ってのけた。なんでもないことのように受け流してくれと言わんばかりに。

でも実際、そんなに簡単な問題じゃないよな? だって公費使うんだろ。税金だろ。しかも、サラレギーに狙われてることを分かっていながら命がけで騒ぎを起こすんだろ。それを全部なかったことにするって。

 

「ですから、心配してくださらなくても大丈夫です。ありがとうございます」

「…けど、えーと例えば公費、たくさん使うじゃん。どうすんの、うっかり落としましたーとでも言う気?」

「そんなものはどうとでも言い訳できますよ。例えば高価な宿とかね」

「高価な…」

「女性が添い寝してくれる宿」

 

怒りとも恥ともつかぬ感情で、体がカッと火照った。彼からそんな言葉を聞くのはあまり良い気分じゃない。

仮にも、過去には体を繋げた相手だ。

 

「ああすみません、俺の話じゃありませんよ。例えばのよくある話です」

――― いや、いいんだけどさ。でもじゃあ、なんで報告しねーの。そりゃ説明は難しいだろうけど、これって、サラレギーの策略の一つを阻止したってことで手柄になるんだろ」

「手柄だなんて。死刑囚五人を助けたところで、政局は変わりませんよ。むしろベラール陛下には叱られてしまうかもしれません、なんて無茶をしでかすんだと」

 

感じた違和感に、思わず足を止めた。

あれ、それって変だろ。大シマロンの政府が処刑の阻止を命じるだろうっていうのは、おれの中で大前提としてあったんだ。

だってそれが、コンラッドが明日の計画に協力してくれる根拠だったから。

処刑がサラレギーの入知恵なら、大シマロンも阻止を望む。だからコンラッドも協力してくれる。そう思っていた。

 

だけど彼は、大シマロンは特にそれを望んでいないという。

 

「……じゃあ、明日の計画に参加したって、あんたには何も得はないんだ」

 

おれの護衛として動くヨザック。従兄弟のために動くアチラ。金によって動く人々。

じゃあコンラッドは。ジェイソンやフレディとの面識もないのにどうして。

 

「あんたなんで、おれの無茶な計画に乗ってくれるわけ?」

「…陛下?」

 

もともとあった不安が更に増して、感情を抑えきれなくなる。

現在のおれと彼との絆は、ひどく脆い。未だに名前すら呼べない、サラレギーの手から逃れるまでの間の一時的な“味方”。いつ裏切られてもおかしくはない。

 

「協力してくれる理由って、何?」

「陛下」

「分かんないままじゃ…信用できないよ」

 

…彼の目から視線を逸らしたままで良かった。こんな言葉、面と向かってはとても言えない。

 

「……俺が、あなたに協力する理由は…」

 

沈んだ声で、何かを言いかけて。けれど結局、その続きがおれの耳に届くことはなかった。

 

「いや、どうでもいい。とりあえず、俺が明日あなたを裏切らないことは確かです。そんなことをすればヘイゼルにも見放され、この国に俺の味方は誰一人いなくなる。さすがにそれは避けたい」

「だけど」

「深く考えないで。なんであれ、金は必要でしょう」

「金だけじゃないよ。あんたの体も必要だ」

「光栄です」

「それを、無償でくれるって?」

 

以前のコンラッドならそれもあり得た。おれのどんな無茶にも、笑って付き合ってくれた彼なら。でも今の彼は、間違いなく大シマロンの使いで。

 

「なんでそんなに、してくれるんだよ」

「…無償ではなく有償なら、納得してくださるんですか。でも今のあなたには持ち合わせはないでしょう、有償にするすべはない。それとも、体を売ってくれるとでも?」

 

体を売るって、コンラッドに?

おれが売春を快く思っていないと知った上で、彼はそんな言い方をしたのだろう。突き放して、会話を終わりにするつもりだ。

 

「…つい、長く話し込んでしまいましたね。少し行けば出口です、広い星空を見上げれば少しは気分も安らぐでしょう。さあ」

 

エスコートするように後ろから肩を抱かれて、先へと促される。

でも、こんなもやもやした状態で星空なんか楽しめない。

不安で。

 

「…売る価値あんの? おれの体って」

 

俯くおれの肩に乗せられていた手が、ピクリと動いた。

こんなことを言ったら、彼は呆れてしまうだろうか。でもこの不安が少しでも解消されるのなら、もう構わないと思ったんだ。

 

「どういう意味ですか」

「あんたに体を差し出せば、その見返りに公費を流してくれて、体を張っておれの無茶に付き合ってくれるのかって、聞いてんの」

「そんなことをなさらなくても。俺は協力を惜しむつもりは…」

「納得できねーよ! また分かんなくなるよ、あんたがおれの仲間なのか、根っからの大シマロンの使者なのか…っ」

 

こんなふうに彼への疑いを口にする度、彼は傷ついているのかもしれない。そしておれも同時に傷ついてしまう。最悪だ。なのに止められない。

 

「どうせ女遊びで金を浪費したことにするんなら、おれで遊ぶのもアリだろ」

「…体を売る、というのがどういうことか。本当にご存知なのですか」

「知ってるつもりだよ」

「俺が与えた知識以外にも?」

「他も知ってるよ。あんたから教わったことが全てなもんか」

 

顔を上げて、キッと彼の目を見る。彼は数秒の沈黙の後、すっと目を細めた。

 

「あなたの体に価値があるのか、という質問でしたね。ありますよ。類稀な美貌を持つ、しかも魔王を抱けるというのですから」

「……じゃあ」

「買いましょう。あなたとの一夜を」

 

おれの肩を抱く手に力が籠もり、より彼の側へと引き寄せられる。そして、耳元で低く囁かれた。

 

「ただし、ヨザックに見られながらの行為になりますけど。それでもいいんですね」

「……!」

 

ヨザック。おれの後を付けてきてたのか。起こさないようにあんなに慎重に出てきたのに、それでも目を覚ましていたなんて。

…こんな滑稽なおれを見られてしまうことは酷く恥ずかしいけれど、それでヨザックとの仲が気まずくなることはない、と思う。

覚悟を決めて頷くと、出口と反対の方向へと誘導された。

 

「少し戻った先の通路に窪みがありました。上等な宿とは言えませんが、その辺りにしましょうか」

 

 

 

 

 

 

援交なんて良くない、愛のないHには反対だ、って言って少女を説得したこともあったっけ。

典型的な安っぽい倫理観ではあったけど、それを自分で無視することになるなんて思わなかった。たとえ一方的にでも愛はあるから、愛のないそれよりも少しはマシなんだろうか。

 

 

まず先にコンラッドが腰掛けて、おれにも座るよう促した。隣に膝を付くとすぐに右手と腰を捉えられ、強引に口付けられた。

激しくされる。そう覚悟してキツく目を閉じたが、意外にも唇の表面を数秒間重ねるだけで解放された。乾いたままの唇で「どうぞ」と言われ、なんのことだか分からずにコンラッドの顔を見上げる。

キス以降どうして何もしないんだろうと、ぼんやりと間抜けな時間を過ごしてから、ようやく気付いた。

そうだ、今おれは買われる立場なんだから、自分から奉仕しなきゃいけないんだ。

 

「…えっ…と……、」

 

でも、どうしよう。自分で全部なんてしたことがない。早くも挫折しかけだ。

いや、落ち着いて考えよう。とにかくコンラッドのをおれの中に挿れなきゃいけないんだ。そのためには服が邪魔。とりあえずは服だ。

考えて、また悩む。脱ぐのはおれが先?それともコンラッドを脱がせるのが先?

 

(…えいっ、もう脱いじまえッ)

 

思いきって自分の上着に手をかけたは良いものの、すぐにストップをかけられた。

 

「上衣は着たままで。寒いでしょうから」

 

配慮はありがたいんだけど、それってつまり下だけ脱げってことだよな。…正直、マッパよりずっと恥ずかしい格好だ。

でもそうしろと指示されれば、従うしかない。

ベルトを外す間中ずっと視線を感じて、羞恥でどうにかなりそうだった。ズボンと下着を下ろすにも、たっぷり十秒は躊躇った。一番見られたくない部分が上着に隠れるのが、せめてもの救いだ。

ほっと息をつく暇もなく、次はコンラッドを脱がせなければならない。彼は本当に何もせず、腕を組んだままただおれを観察しているだけだ。

足を伸ばして座る彼の膝に、正面から跨った。腰を屈めて彼のベルトを緩める。このズボンを脱がせるには彼の腰を持ち上げなくちゃいけないけど、おれの力では無理だから、とりあえず留め具を外してチャックを開けた。覗いた下着をずらして、まだ静かな彼のそれを両手で慎重に取り出す。

 

(…大人しい状態でも、こんなサイズだもんな。そりゃ、いきり立ったら凶悪にもなるよ……)

 

こんなものがおれの手に負えるんだろうか。

服を脱ぐだけでも頭がパンクしそうだったのに、更にこんな。

 

「……嫌ですか?」

 

声を掛けられて見上げると、気遣うような微笑がおれに向けられていた。

 

「嫌なら、やめても構いませんよ。それでも俺は、ちゃんと明日は協力します」

「どうして」

「一度言ったことですから」

「………やっぱり、やる。それじゃ納得できないし、おれだって一度言ったことだ」

 

視線を手元に戻す。とりあえずはこれを立たせなきゃ。

自分でする時のことを思い出して丁寧に手を上下させると、ほどなく硬くなってきた。

大丈夫、できる。要はこれが入ればいいんだし、行為自体は初めてじゃないんだから。

コンラッドに跨った状態で膝立ちになり、密着するぐらい体を近付けた。彼の肩に手を置いてバランスを取って…うん、我ながらいい体勢。多分、大丈夫。

 

「あの…何をするつもりですか?」

「はあ? 分かんねーのかよ、夜の帝王のくせにっ」

 

胸の位置から聞こえる声は無視して、目を閉じてゆっくりと腰を下ろしてみる。と、思いがけず熱い先端が右太腿に触れて、ビクリと震えてしまった。うう、だいぶズレてる。しかも、あまり突然に変な場所に熱が触れるから、ビビってしまった。恥ずかしい。

 

「もう少し左…」

「ちょっと待ってください。待って、ストップ」

「うるさいなッ、あんたは黙って奉仕されてりゃいいの!」

 

既に買われる態度ではなくなっていた。少し反省。

コンラッドは怒鳴り声を無視し、おれの腰を掴んで行為を中断させてしまった。

 

「…なんで止めるんだよ」

「いえその、まさか挿れるつもりなんじゃないかと」

「なに疑ってんだよ、挿れるに決まってるだろ」

 

少しの沈黙の後、「壊れてしまいますよ」と溜め息混じりの声が聞こえた。体勢のせいで、彼の表情は上手く見られない。

 

「そうですね、そう…確かに、こうしたABCを俺は教えませんでしたが」

「……何、なんだよ。どういうこと」

「こんな乱暴な方法では無理だ、ということです」

 

なんでだよ、おれだって必死で考えたのに。

 

「…じゃあ、どうすりゃいいんだよ」

「続行する気があるのなら、…そうですね……」

 

まずは、コンラッドのを口でしろと言われた。

それぐらいなら出来そうだ。膝に跨ったままで身を屈めてそれを両手で掴んでみる。

舐めたことはあるけれど、口に含んだことはないそれ。間近で見ると一層大きく感じて怖い。でもコンラッドだって何度もおれにしてくれたんだ、おれだって出来るはず。

ごくりと喉を鳴らして覚悟を決め、思いきり口を開けて迎え入れた。

 

「ん……っ」

 

嫌な苦味が口いっぱいに広がってきて、それだけで泣きそうになった。根元までちゃんと飲み込まなければと思うのに、半分ぐらいでもう喉まで届きそうで、苦しくてとても無理だ。

 

『嫌なら、やめても構いませんよ。』

 

空耳が聞こえる。くそっ、絶対やめるもんか。

もう意地になって、必死で口を上下させる。同じ男だから、この辺りを舌でくすぐると効果アリだとか理解しているのに、そんな知識はまるで役に立たなかった。口を開きっ放しで、上下に動かして、苦しさに耐える。それだけで精一杯、テクニックだとか考える余裕はない。

 

「もう少し、歯を立てないように…出来ますか」

 

声が降ってくる。歯? でも、口を開いたらすぐあるのが歯なんだから、普通当たっちゃうだろ。

 

「もう少し、口を大きく開いてみて」

「ん、ん……ッ」

 

そんなことを言われても、これが限界だ。正直どうしようもない。

彼もそれに気付いたのか何も言わなくなり、しばらくは沈黙が続いた。通路には、おれの動きに合わせた水音だけが響く。

コンラッドはおれの頭を撫でることすらしなかった。ただ静かにおれを見下ろしていた。

―――― そのまま酷く長い時間が過ぎた気がした。顎は疲れて、腰も腕も疲れて、早く終わってほしくて堪らなかった。

 

「…そこまでで良いですよ」

 

だからようやく終了の許しを得て、正直ほっとした。

すぐに口を離したものの、喉の奥の粘りが引っかかり、ケホケホと咽る。ずいぶん長いこと咥えていた気はするけど、もしかしたらそれほど長くもない時間だったのかもしれない。

本当なら彼が達するのが終了の合図になるはずで、彼もそのつもりだったのだろう。もちろんおれも、そのつもりだった。

でも実際にはやってもやっても終わらなくて、要するに……おれは下手くそだった。いやでも、コンラッドのが大きすぎるのも一因だとは思うけど。

 

「あなたは本当に、俺の教えたことしかご存知ないんですね」

 

思いがけない言葉に、え、と顔を上げる。彼の口から最初に発せられるのは、おれへの呆れだとばかり考えていた。

 

「どういう意味…」

「俺から教わったこと以外にも知っている、という口振りだったので。どこから教わったのかと想像していたんですけど」

「それは本当だよ。本とかビデオとか…健全な十代の野郎らしく、いろいろ見てんだから」

 

コンラッドは大袈裟な溜め息を吐き、右手で顔全体を覆って呟いた。

 

「…罪な方だ」

 

……知識の割に下手くそってことかな。

ごめんなさいと項垂れる間もなく、おれは次の指示を出されることになった。そうだ、今はこちらに集中しなくては。さっき上手く出来なかった分、次こそはと気合を入れた。

 

「あなたの指を使って、体をほぐしてください」

 

けれど、その言葉の意味が分からずに固まった。いや、意味は分かっても心で理解できなかった。

 

「…分かりませんか?」

 

呆然と見上げるおれの右手を取り、彼はその人差し指と中指を口に含んだ。指を舐められているだけで体が熱くなりそうなほど、彼の舌は巧みだった。さっきのおれとは大違いだ。指の股を舐め上げられて、背筋がゾクリと震える。

 

「ほら、たっぷり濡らしましたから。この指を挿れてみてください」

 

嫌なら、やめても構わない。

そう囁かれて、おれは恐る恐る、震える右手を後ろに回した。これぐらい入るに決まってる。痛みなんかあるはずない。そう自分に言い聞かせて膝立ちになり、人差し指をぐっと窄まりに押し当てた。

 

「……っ、う…」

 

でも、勇気が足らなかった。第一関節すらも入っていない。

なんとか押し込めようと反動をつけても、一向に入っていかない。

ほんの少しこじ開けられた入り口は狭く感じて、指すら受け入れないように思われた。

 

「入らないのなら、手伝いましょうか」

「! 待っ……」

「指は軽く曲げて。出来るだけ、体を楽にしてくださいね。下手をすると怪我をしますから」

 

おれの反応は一足遅く、腰と右手を抑え込まれてしまった。

 

「あ……、あ」

「…いきますよ」

「う、あっ、…うわああぁ……ッ」

 

信じられない。この、指を包む体温がおれのだなんて。

しかも体に力が入る度に、指の根元が強く締め付けられる。おれの体、こんなだったんだ。

 

「指を動かして、ほぐして。傷つかないように、そっと」

「う……っ」

 

体が今にも崩れ落ちそうで、左手でコンラッドの肩に縋った。

指を動かすだなんて。この上そんなこと、出来ようはずもない。

体を売るのがどういうことか、ちゃんと知っているのかと行為の前に聞かれたけれど、あれはこういうことも含んでいたのかもしれない。体を差し出すと言うなら、この程度の辛さには耐えなくてはいけないと。

 

「動かせなければ、二本目を入れてみてください」

「あ、…ん……ぅ、無理……ッ」

「…でしょうね。では、代わりに」

 

おれの右手に、コンラッドの右手が当たった。彼の左手はおれの腰を捕らえたままだ。

慣れない姿勢のせいで、何をされるのかよく判らない。とりあえず、今より辛い状態になるのは確かだ。

 

「ッ!? ふぁ、あ…!?」

 

新たな何かが入ってきたのは分かった。それがコンラッドの指だと理解した瞬間、体が熱く火照った。

おれの中で、おれの指と彼の指とが当たっている。彼の指の感触が、おれの指にはっきりと感じられる。

緊張して思わず体に力が入り、指を締め付けてしまって…この圧迫を、おれの指だけじゃなくコンラッドの指も感じているのだと思うと、恥ずかしさで消えたくなる。

 

「動かしますよ。そちらは動かさないでくださいね」

「ア、あ、…あッ」

 

コンラッドの指は、おれをよく覚えていた。そしておれの体も彼の指をよく記憶している。

ピンポイントで悦い場所を揉まれて、擦られて、おれの体は以前と同じ素直な反応ばかりを返す。

ただ以前と違うのは、おれの指だけだ。

指に伝わる感触で、彼の指が狙っている位置がほぼ正確に分かってしまう。そこにおれの感じる部位があるのだと、思い知らされてしまう。

そして同時に、おれを狂わせながら彼の指が巧みにおれの内側を押し広げているのも分かる。あんなに狭かった内部が、彼の指一本で懐柔されていく。

 

「駄目…だ、…そんな、ぁ、…そん…な……のッ」

「次の指、入れますからね。…それとも、次こそ自分で入れてみますか?」

「っふぁ、あ、いあぁッ」

 

おれに問い掛けたくせに返事を待たず、次の指が侵入してきた。

この指の役目は、主におれの体をほぐすことのようだ。入り口付近で上下したり押し拡げたりを、繰り返しているのが分かる。

そしてその指は、おそらくは故意に、おれの指を何度も何度も撫でた。その存在を主張するかのように。

その間も、最初に入ってきた指はおれの急所を責め続けている。長く強すぎる刺激に足を閉じたくても、間に彼の足が挟まっていて動けない。

 

「うぁ…っア、ひぁっ…ん」

 

歯を喰いしばって彼の肩に顔を埋めた。腰を支える彼の左腕がなければ、バランスを崩して倒れていただろう。

精神的にも肉体的にも追い詰められて、だけどおれは「嫌だ」とだけは決して口にしなかった。

『嫌だったら、やめても構わない。』だったらおれが嫌だと言えば、それを理由に彼はやめてしまうかもしれないから。もしかしたらこの意地悪な行為自体、おれに嫌だと言わせるためのものかもしれない。

 

「ふ、…ふぁ、……は………っ」

 

中だけでイかされそうなほど弄られた後、彼の二本はあっけなくおれを解放し、中にはおれの指一本が取り残された。

…おれも、抜いちゃってもいいんだよな。

ゆっくりと引き抜いた瞬間、キュッと入り口が閉じて、その感触に居た堪れなくなった。

それにしても息が荒い。50メートル全力疾走した後みたいだ。

 

「次にすることは…分かりますね?」

 

そうだ、次。おれは熱の冷めきらない体で、ぼんやりと彼を見上げた。

 

「な…に?」

「最初に、あなたがしようとしたことですよ。おれのを、あなたの中へ迎え入れて」

 

そんな、こと。

力なく「もう無理だよ」と言いかけて、気付いた。それを済ませてしまえば終わりは近いんだ。

とにかく力を振り絞り、最初と同じように跨って、膝立ちになろうとした。けど膝がガクガクと震えて、腕にも力が入らなくて、すぐにその場に崩れ落ちる結果になってしまった。

 

「あ…、も、おれ……」

 

無言のまま、おれを掬い上げるように彼の両手が腋から背へと回った。支えてくれるのかと思ったが、そのまま仰向けに寝かされてしまった。

 

「え…?」

「後は俺がします」

「でも、おれが…しなきゃいけないのに」

「ええ、だけどもういい。正直もう、限界なんです」

「あ……っ」

 

ぐっ、と熱が秘所に押し当てられた。

 

「嫌だと言っても、もうやめてあげられないほどに」

「言わない、けど…ッあ、んああぁ―――― …ッ!!」

 

乱暴に、だけど丁寧に、彼のそれは根元まで埋め込まれた。

その瞬間は苦しくて辛かったけれど、結局最後にはおれも一緒にイかされた。

 

 

 

 

 

 

 

なんだか肝心なところがコンラッド任せで、体を「売った」という気がしない。

ろくなサービスもしてないし、結局挿入したのはコンラッド、動いたのもコンラッド。

そして、すっかり動けないおれに代わって行為の後始末をしてくれているのもコンラッドだ。

手伝わなくちゃと思うのに、体がだるいばかりでなく睡魔にまで急襲されてどうしようもなかった。

 

「…でも、約束だからな」

 

布でおれの体を拭く手を止めて、コンラッドがこちらを見やる。

 

「おれが体売った代わりに、あんたは明日、協力するんだ」

「……ええ。約束します」

「思いきり信用するからな。絶対、裏切るなんて思わない」

 

目の前がぼやけてきたからパチパチと瞬きをしたつもりが、閉じた瞼がそのまま開かなくなってしまった。

コンラッドの小さく笑う声が、遠くで聞こえる。

 

「いいですよ、眠ってしまっても。ちゃんとヨザックの隣へ運んでおきます」

「ん……」

 

おれは彼との運動のおかげでしっかり眠くなったのに、彼に後片付けをさせてしかもおれを運ばせるなんて、いくらなんでも罪悪感。どうにか目を開けようと努力したけれど、最終的には諦めた。

ごめん、コンラッド。それから、おれを陰で見ているだろうヨザックも、先に寝ちゃって本当にごめん。

 

「…陛下」

「……ん…」

「俺が、あなたに協力する理由は」

 

ただ、あなたのことが。

 

意識はそこで闇に落ち、その続きがおれの耳に届くことはなかった。