「コンラッド」

 

穏やかに名を呼ばれ、突如 振り下ろされる銀色。

間一髪で左に避ける。掠った袖は破れていない。

銀の持ち主であり俺の主である魔王は、俺を見上げて罪悪感の欠片もない無邪気な笑みを浮かべている。

 

「……護衛に剣を向けないでください」

 

その銀が真剣でないことは知っているけれど。

 

「俺の反応が0.5秒遅れたら、頭蓋骨は陥没です」

「あんたの反応が0.5秒も遅れるわけないだろ」

 

微笑はそのままに、彼が言う。無邪気という形容は撤回することにしよう。

 

「二人きりでの移動中ですよ、万一を考えてください。以前ならこんなことは戯れごとで済みましたけど、今やそこらの兵より陛下の太刀の方がずっと優れ……」

 

再び風を切る音と共に、頬から肩へと銀が流れた。

 

「陛下って言うな」

「…ユーリ……今のは、俺の反応が0.2秒遅れたら」

「だから、0.2秒も遅れるわけないだろって」

 

剣を収めず無造作に振るのは、彼いわく野球小僧時代のクセらしい。

美しい彼に似合う美しい太刀筋 (俺が教えた) は、こうした時折の行動に乱される。だがそのあどけなさすらも、次に見せる太刀をより極上たらせる演出となる。

 

 

彼が魔王に就任してからどれほどの年数が過ぎたろうか。彼の容姿は少年から青年へと移行し、剣の腕も彼の努力を反映し立派なものとなった。どれほど立派かというと、こんな人気のない道を俺と二人きりで移動する必要が生じたのにさほど心配は要らない程度だ。

欲を言えば、真剣を握ってほしかった。「これが一番、持ち味がバットに近いから」との口実で彼が持ち歩くのは、刃のない鉄、練習用の剣だ。攻撃を受け止めることはできても何者も斬ることはできない、護身には不充分な銀色。

 

 

「ところでさ、コンラッド…気付いてる?」

 

振り返らずに前を進む彼が言う。

 

「気付いて、とは」

「10メートルぐらい後ろかな…尾行されてる」

 

一瞬詰めた息を、すぐ正常に戻した。

 

「あんたが気付かないってことは、法術使いかな」

「人数は?」

「一人だけ。でも、すげー殺気立ってるから、目的は多分おれを…」

「…まずいですね。皆と合流するには、まだ距離が」

「そろそろ襲ってきそうな感じ。…襲ってきたが最後、あんたが斬り伏せちゃう」

 

それは仕方がない。法術で気配を隠されると、手加減は難しい。

たとえ彼に血を見せることになろうとも、彼の身の安全が第一だ。

 

「そこが問題なんだ。…で、コンラッド」

 

主が、くるりと振り返る。

 

「その暗殺者の目には、おれたち、どう見えてるかな」

 

それは多分、王とその護衛が、……

また俺に向かってきた銀色を、今度は余裕をもってかわす。彼の剣は振り下ろされることなく、まっすぐ俺を向いて止まった。

先ほどからのこの妙なやり取りで、傍目には口論でもしているように(王が怒っているかのように)見えているだろう。

だから、例えば俺が彼に置き去られて別行動となっても不自然ではない。そして彼が独りになれば、暗殺者は好機とばかりに襲ってくるだろう。

 

「上手く捕まえてよ。できるだけ傷付けずに」

 

気配が分からなければ、目視で。彼のそばを離れて適度な距離を取れば、暗殺者を斬り捨てずに捕らえやすくなる。

 

「あなたの身に危険が及ばない範囲で、善処します」

 

彼は、王の風格を湛えた笑みを一瞬見せつけた後、荒々しく剣を収め独りで歩を進めていった。俺は主のご機嫌を損ねて戸惑う従者のごとく肩を落とし、いかにも自然に視線を彷徨わせ、隙を見せて暗殺者の行動を誘えばいい。

 

 

魔王。

 

時折、彼の前に跪きその足に口付けたい衝動に駆られることがある。

彼は美しく聡明な王となった。人間も魔族も、彼の優しさや無邪気さに惹かれるのみではない。

知略知慮とは言い難いものの、温かく賢明な判断は様々な経験に裏打ちされている。不意に瞳に宿る深い輝きや、時に力強く重々しく発せられる言葉は、王としての威厳に満ちている。

魔王。今の彼を見てそれを疑う者はいないだろう。

 

 

 

 

 

 

けれど俺は、その銀が真剣でないことを知っている。